私は自動車整備士でした。年収は残業手当込みで360万円程度、ボーナスはありません。辛うじて社会保険はありましたが年間休日は80日足らず、勤務時間は9時から20時。
こうやって数字として見ると報酬の割に過酷な労働環境です。

家族は妻と子ども二人。妻が辛抱してくれていたのでなんとか赤字にもならず暮らせていたのだと思います。
私は仕事にかかりっきりで家計のことなど丸投げだったので今思えば妻には苦労をかけました。そんな会社に10年も勤務し続けていたのは理由があります。
それは家族経営の会社だったため。

最初は父が社長兼技術者、母が経理、私が現場作業の補助のような感じでしたが、当時は景気もよく家族仲良く伸び伸びと仕事をしていました。
ところがそこに会社を退職した兄が加わることになると事態が悪化していくことに。
兄は悪く言えば親から甘やかされた長男タイプだったのでどことなく上から目線の鼻につく話し方をするため職場で孤立し、結果家業に逃げてきたようでした。
しかものんびり屋の私と違いぐいぐい前に出て行く性格なものですから次第に不協和音が発生。間の悪いことにリーマンショックで一気に景気が悪くなり家業の経営も風前の灯となってしまいました。

両親は借金をしてまでは事業を続ける気はないようでしたが行き場のない兄は社長として継ぐことを決意したようで、その時点で私には明るい未来は想像できませんでした。しかししばらくは兄弟なのだからと協力してやって行こうと努力していました。
その矢先、兄が病に倒れることに。両親もそれぞれ持病がありその結果一気に私にしわ寄せが来ることになります。
休みもなく努力しているのですが、「お前の働きが悪いせいで業績が悪い」と叱責される日々。そのうち私は心を病み鬱病の診断を医者からくだされました。
医者からの診断書を職場に提出するも、「そんなの本当の鬱病じゃない、嘘つきめ」と逆に責められる始末です。

一連の話を妻に打ち明けると妻は大激怒。死にたいと家で泣いていた私を見かねた妻は実家に乗り込んで行きました。
私はもう流されるままで立ち向かう気力も失っていたので妻が全てを引き受けて直談判に向かったのです。いつも大人しく従順な妻が喧嘩腰で怒鳴り散らす姿を見た両親はさすがにまずいと思ったのか私の退職に反対することはありませんでした。
兄とは最後までわかりあえず疎遠になりましたが、妻子がいることによって私は実家からの呪縛から逃れられたのだと思います。

転職活動は楽なものではありません。しかしあのまま家に縛られていたら未来はなかったと思います。